1.Monochrome Chapter―白黒軌跡― 1-2

 腰に()いた(シロガネ)の剣は美しく、流麗な造形は凶器と呼ぶには精緻(せいち)で、鋭利な白刃は芸術と呼ぶには残酷だ。

 軽装の鎧もまた造形が目を惹くものだが、それは外見に拘泥したためではない。身を護る鎧としての役目を追及した末に辿り着いた造形(フォルム)といえる。

 ムダのない美しさは、洗練されたそいつの顔によく似合っていた。

 風にそよぐ滑らかな銀色の髪を束ねたそいつは、静かに木の梢から飛び降りる。魅せるためではなく、闘うために鍛え抜かれた肉体は音もなく草花の絨毯(じゅうたん)の上に着地した。

 精悍な顔立ちに嵌め込まれた鋭い眼が、木々の向こうに立つ裸身の女性を射抜く。この世のモノとは思えない美貌を備えた黒髪の女性  キュリーは艶然と笑みを湛えていた。

「小童がまた一人増えたか」

「俺が来たからには、もう好きにはさせないさ」

 静かな声で答え、銀髪の剣士  クロームは浅く笑う。右手は流れるような動作で剣を引き抜き、その切っ先をキュリーへと向けた。

「貴様との戦いは今日で終わりだ。五度に巡る不毛な闘争の輪廻(りんね)、俺の剣が断ち切る」

 木漏れ日に煌めく白刃。殺意でも闘志でもなく、決意に輝く眼光。

 苛烈を極める狂宴の闘争の共演  前座の俺達は舞台から下ろされ、主役の独壇場となった。

 やっぱ主役は違うね。場の空気を見事に入れ替えやがる。

 俺の出番はもうねぇな、こりゃ。セシウもなんかしゃがみ込んで、傍観決め込んでるし。

 主役がクローム、ヒロインは後ろに控えるプラナ。俺達は解説だな、うん。

 俺はワトソンくんにもなれなそうだ。

「よかろう、小童。指弾(いっとき)戯れてやろう」

 紅い唇の両端が引き上がり、冷たい笑みをキュリーが浮かべる。覗いた皓歯(こうし)の輝きは、美しくありながらおぞましい。

 つい、とキュリーの細い手が上げられた刹那  背後で牙を剥き出しにした青龍に千剣が突き立てられた。

 全身を貫く無数の(ツルギ)。細く鋭い白鉄(シロガネ)の群衆。雪像から彫り出したような繊細(せんさい)にして清澄な刃。

 眩い純白の金属は噴き出した血に濡れそぼち、新緑の絨毯に鮮烈な紅をブチ撒けた。

「その程度の使い魔など俺の剣を穢す必要もない」

 冷たく言い放ち、クロームが剣が空を裂く。青龍の全身に突き立てられた幾千もの剣が、銀色の破片となって散り、全てがそよ風に流され消えた。

 金属の支えを失った龍は巨体を力なく地面に落とし、呪縛(じゅばく)となっていた八卦(はっけ)の魔法陣も罅割れ、砕け散る。

 そして龍の身体はみるみる土塊(つちくれ)へと変わっていく。亡骸が腐敗し骨となり、土へ還るように、肉体は朽ち果て土塊は風に浚われていった。

「ふん、可愛げのない小童だ。やはり私は、お前よりもガンマの方が好みだな」

 あ、マジで。ヤバイ、何気に本気でマジ嬉しい。あれ、なんか言葉おかしい。

 いや、しかしそれが本当なら、ちょっと天まで行ってこれる勢いなんだけど。

 ほらほら、敵とか言っても、やっぱ別嬪(べっぴん)さんは等しく好物じゃん? 男って生き物はさ。

 そういう話を聞いて嬉しいよな。ああ、今晩辺り慰めてくんねぇかな。

「……ガンマ、何鼻の下伸ばしてんの?」

 隣のセシウから批難の声。

「俺の鼻、そんなに伸縮性ねぇから伸びねぇぞ?」

「お前の切り返しはいつもムカつくなぁ!」

「いででっ!」

 頬引っ張られた。頬もそんなに伸びねぇとか言った日には本当に殴られそうだ。

「お前は本当にしょーもねぇ奴だなぁっ! 少しはちゃんとしてよ! お前が毎日シリアスなのはキモいっつぅかキショいけど、少しは空気読めよっ!」

「無理無理。俺ら脇役だから。三枚目キャラ突っ走るしかねぇよ。つぅかキショいってなんだよ。これでもバーとかのカウンター席でウォッカ飲みながら、訳ありっぽい悲しげな顔してると女が寄ってくんだぞ?」

「私を脇役に含むなよ。ていうか、お前のナンパ術なんて聞きたくないわ。つか、想像したらキモい! お前、マジいい加減にしてよっ!」

「いやさーぁ、ぶっちゃけ暇なのよ。俺達、ここは自然消滅するっきゃなくね? ぶっちゃけクロームとプラナに任せて帰って寝たい」

 なんかここで一生懸命戦っても、クロームにいいとこ持ってかれそうだし。

 俺、見せ場のない努力したくねぇ。クロームのお膳立て飽きた……。

「あ、あの、少し真面目に参加してもらえませんか?」

 二人でぐだぐだだべってると、プラナがすんげぇ申し訳なさそうに割って入ってきた。

 眉が下がって、いかにも困り顔だ。

「あー、もうちょい待って。あと少し休んだら行く」

「は、はぁ。ならいいんですけど」

「いや、こういう場合ずっと休んでるよ、こいつ?」

 隣で呆れ顔のセシウが突っ込みを入れてくる。

 よく分かってんなぁ、こいつ。あまつさえ、プラナを巻き込もうとさえ思っていたんだが。

 さすがに可愛げのねぇセシウと話すのはつまらん。その点、プラナは童顔だし愛想がいいし、愛嬌もあるから話してて飽きない。

 やっぱ可愛い子はそこにいるだけで華やぐよな。

「あのぅ、クロームの協力してくれないでしょうか……」

「ん、行く行く」

 億劫ながらも立ち上がって、首の骨をべきべき鳴らす。

 あー、かったりぃ。

 クロームの方を見ると、キュリーと一緒に俺達を睨んでた。いや、俺を睨んでた。

「……お前、ふざけるのもいい加減にしろよ」

「小童、私はお前のそういうところが大好きだ」

 クロームの怒りは分かる。正直、いい加減やりすぎた気もしてた。

 ただ、キュリーの言葉は……忘れよう。

「悪ぃ悪ぃ、体力ねぇんだわ、俺ぁ。いや、夜ならいくらでもいけぼべっ!」

 いきなり後ろから引っ叩かれた。確認することもなく限定一名だな。

「てんめ、ざけんなよ! セシウ!」

「こっちのセリフじゃー! キュリーの前にお前を八裂きにすっぞ!」

 よっぽど怒っているのか、セシウの顔は真っ赤だった。あ、これ違うな。突然のそういう話題に恥ずかしがってやがる。

 (うぶ)ねぇ、本当に。体鍛えるしかしてねぇからな、こいつ。

「私を八裂き? これは、笑えない冗談よ」

 背筋を指先でなぞられるような不快感。耳に滑り込む声に、意識を即座に切り替え、振り返りながら銃を引き抜いて、弾丸を放つ。

 心地よい喧噪の中に響いた渇いた銃声は、平穏な空気を険呑(けんのん)な殺意に置換する嚆矢(こうし)には十分すぎるものだった。即座に放った三つの弾丸はキュリーの周囲に結ばれた障壁によって、火花を散らし弾かれる。

 横合いを真紅の疾風(カゼ)が駆け抜け、キュリーへと間合いを詰めた。革のグローブに包まれた拳が、キュリーの顔目がけて突き上げられる。

 不可視の障壁は物理的な干渉を阻むが、拮抗(きっこう)はほんの僅か。剛腕(ごうわん)から放たれた一撃は壁を砕き、キュリーの顔へと跳ねた。

 しかし  キュリーは微かに笑うだけ。拳は障壁によって逸らされ、美貌の横を抜けていた。一房の髪だけが千切れ、風に流れていく。

 セシウは即座に拳を引きながら、連動する動きで遠心力を乗せた蹴りをキュリーへと放った。が、キュリーの細腕はそれを難なく受け止める。

 力の余韻に揺らぐこともなく、いとも容易く蹴りを止めてしまった。

 それでもセシウは止まらない。極めて野性的な咆哮を上げ、セシウは足を引き戻し、さらに腹部へと拳を突き出す。矢継ぎ早に繰り出される蹴撃と打撃の暴雨。

 間隙さえ挟まぬ連撃だというのに、その全てをキュリーは受け止めていた。繊手(せんしゅ)で受け止め、細い足でいなし、風に揺れる柳のように(かわ)す。

「動きが直線的すぎるよ、小娘。それでは届かぬ。どんなに強大な力であろうと、届かなければ等しく無意味よ」

「お前の手解きは受けないっ!」

 敵愾心(てきがいしん)を剥き出しにした叫びに、キュリーはただ笑っている。完璧にペース持っていかれてやがんな。

「セシウ! 下がれ!」

 声を張り上げ、セシウが下がったのと同時にキュリーへと銃弾を放つ。叫んだ時点で俺の攻撃はバレているんだから、それに当たるキュリーではない。

 だが、今の目的はペースを組み直すことだ。今のままじゃ完全にキュリーの流れだし、セシウのクールダウンも必要だった。

 地面を力の限り蹴って、滑空するように跳躍し、キュリーへと迫る。距離をできるだけ詰めて、銃口をキュリーへと向け引き金を引く。

 距離の開きはあるが、普通の人間ならまず避けられない距離。銃声を聞いた時にはもう終わっているはずの瞬きにも満たぬ時間。

 その間隙で、彼女は左手を振り抜く。そんなささやかな行為で、俺の攻撃は無力化した。

 弾丸は彼女の柔らかい肢体を貫かず、撃った張本人である俺さえ弾丸の行方を見失ってしまう。

「ここだよ」

 俺の内心を知ってか、彼女は握り締めた左手を俺に翳し、拳を開いた。

 弾丸が草原へと堕ち  申し合わせたように彼女の無垢な掌を白銀(はくぎん)の一条が貫く。

 弾ける鮮血。飛沫の向こうで彼女の掌を銀の剣が地面に縫い止めていた。

 彼女は掌に突き立てられた、凶器には程遠い芸術品に思える剣を見つめ、楽しそうに首を傾げて笑う。刹那、夕立ちのように銀の雨がキュリーへと降り注いだ。

 金属と金属がぶつかり合う澄みきっていながら荒々しい悲鳴が響き渡り、耳朶を劈く。哭いているような金属音は痛々しく、心が鈍い痛みを訴えた。

「手応えはないな」

 傍らに舞い降りたクロームがぽつりと呟く。

「毎回、おめぇはいいとこ取りだな」

「お前の武器は魔族(アクチノイド)に対して殺傷能力が低い。純粋な破壊力ならセシウが一番だろうが、単純な物理攻撃で魔族(アクチノイド)は倒せない。エーテルの硬質化を行える俺か、魔術を扱えるプラナが致命傷を与えるしかあるまい」

「そりゃそうだけどよ」

 クロームの持つ剣は、エーテルを硬質化させ剣を作り出すことができる魔法的な武器だ。相当の宝剣らしく、エーテルによって作成された物質は魔族(アクチノイド)にとって脅威となる。そのエーテルによる武器をほぼ無限に創り出せるクロームの剣の力は偉大だ。

「それに本当の意味でいいところを持っていくのはお前だろ?」

「いや、そうだけどよ。なーんか、こー……さ。完璧に漁夫の利得てるみてぇじゃん?」

「実際そうだろう?」

「違ぇよっ!」

 失敬だな。俺の奴は生産性ないから嫌いなんだよ。

 完全にあれはぶった切りみてぇなもんだ。問答無用に終わらせるから、なんかこう余韻もクソもねぇしさ。

「それは違うぞ、小童ども」

 ふと聞こえた声。銀剣が巻き上げた砂埃が消え失せた向こうに、キュリーは傷一つない姿で立っていた。名残は左手を貫いた傷のみ。

 彼女の足元には剣身を砕かれた銀の剣が散乱している。剣は白銀の破片となり、やがてエーテルへと昇華し消えていく。

 桜吹雪のような銀の破片の中に立つ裸身の美女  その姿はさながら神話を題材とした一幅の絵画。

「ガンマよ。貴様は戦動者(アジテーター)と呼ぶべきだろう。真因(ハナ)には決してならず、様々な場所に因子(タネ)を蒔くことで、戦場を掌握せずに操作する。戦場製作者とでも呼ぶべきか」

「いいねぇ、それ。最高にイカすじゃねぇか」

「どうだかな。魔族(アクチノイド)に頂いたものを喜ぶべきではないと思うぞ」

 クロームの冷たい言葉に俺は顔を顰める。

 おかしい。なんだか五回も戦ってると、いい加減あいつが気の合う友達に思える。

 なんか向こうも楽しんでるし……。本当にこれじゃれ合いじゃねぇのか?

「私とお前達の仲じゃないか。さあ、楽しもう  いや……今日はこの辺にしておこうか」

「は?」

 ここからが本番だと思った途端に、キュリーは残念そうにため息を吐き出して肩を竦めた。

「興を削がれそうだ。削がれる前に帰ろうと思うのだよ。今日の楽しい戯れを楽しいままにして、今日は眠りたい」

「…………」

 ……なんっちゅーぅ理由だ……。

 こいつ阿呆だ……。頭いいバカだ。

「お前らも帰った方がいい。厄介なものが来るぞ?」

「だから、は?」

 あまりにも意味の分からないキュリーの言葉に、俺はもうどうしようもない。なんと返答すべきなんだ、こりゃ。

 つぅか言わんとすることが掴めない。

 どうしたらいいか分からない俺など構わず、キュリーは意味深に笑って身を翻す。髪が扇のように広がり、そして彼女の姿は刹那にも満たぬ時で消えてしまった。

 相変わらず神出鬼没にもほどがある。

「…………」

「逃げた、のか?」

「つぅか帰った……な」

 クロームには分からないだろうが、キュリーはそういう奴だ。

 逃げるとかじゃなくて、帰りたい時には有利不利を構わず帰る。本当にそういう理由で帰る……要するに、バカだ。

 これでまた勝敗は持ち越しだな。今までの勝負も、全部そうやって長引いた。

 振り返ると、身構えていたセシウも、詠唱の準備に入っていたプラナも呆然としてる。気持ちは分かりますよ、ええ。

「え、終わりっ!?」

「あのお方はいつも、本気で何を考えていらっしゃるんですか?」

 頭に疑問符を三つくらい並べられそうなプラナの気持ちも痛いほど分かる。俺もさんざん、あいつには困らされた。

 もう大分慣れた自分が悲しい。

「俺もあいつが何を考えてるのか分からねぇ。ただ、何を考えてるか分からねぇってことは分かる」

「要するに何も分かってないんだろ?」

 皮肉気なクロームの言葉は正しい。理解できたら人間辞めるっきゃねぇ。

 ヒートアップしてきて、テンションがハイになっていたセシウが、寂しそうにため息を吐き出す。不完全燃焼なんだろうな。

「……帰る?」

「しかねぇんじゃね?」

 この森で他に何をしろというんだか。

 セシウが湿った息を吐き出し、がっくりと項垂れる。相当持て余してんなぁ。

「あー、マジでー……すごい行き場がないんだけどー……」

「しゃあねぇだろ? どっかで喧嘩でもしてこいよ」

「私はそんな野蛮人じゃないってーぇの!」

 セシウの怒鳴り声を聴きながし、俺はクロームの方へと目をやる。

「で、どうすんのさ? リーダー」

「街に戻ろう。キュリーがいない以上、ここに長居する意味がないのは確かだ。宿を取って、これからのことを考えるべきだ」

 何も魔族(アクチノイド)はキュリーだけじゃない。少数とは言え、倒さなきゃなんねぇ奴はまだいる。

 あいつに固執してるわけにはいかないだろう。倒せる奴から倒していかねぇとキリがねぇ。

「そんじゃま、帰りますか」

 背筋を伸ばし、ため息交じりに吐き出す。

「ジープは?」

「森の外に停めてある」

 んじゃそこまでは徒歩か……。ダルイな。

「若いんだからメンドくさがんなよ」

 言わずとも俺の内心は顔を見て分かるらしく、セシウが俺の背中を叩いてくる。

「とりあえずお前は軽くやっても痛ぇんだわ。俺貧弱だからやめてくんない?」

「鍛えろ、モヤシ」

「お前を見てると、鍛えたくなるんだよ」

 こんなにはなりたくない。マッチョは嫌いなんだよ。

 ゴリラは嫌だろ、うん。むさい。

「うし、さっさと帰ぇるぞ」

 行って、俺は煙草を咥えて、火を点ける。クロームは何か反応を示すでもなく、後ろにプラナを伴って歩き始めた。

 リーダーのように言ってみてもジープの場所を知らない俺は、二人に付いて行くしかないっていうね。なんだろ、この寂しさは。

 煙を吐き出し、二人の後をセシウと一緒に追う。

「しっかし、なんかこー呆気ないなぁ。何しに来たのあいつ」

 セシウのぼやきに目を歩くプラナが苦笑を漏らす。

「確かによく分かりませんよね。でも、セシウさんはまだいいじゃないですか? 私なんて、本当に何もしてませんよ?」

「プラナは詠唱があるからねぇ。ぶっちゃけ魔術使えるんだから、俺よりマシだと思うけど」

 俺の銃じゃ、キュリーには傷一つ与えられてねぇ。なんだかんだ俺が一番弱いんじゃね?

「お前だって魔術を超えるものを使えるだろ」

 俺達を曳航して先頭を歩くクロームが振り向きもせずに冷たく零す。

「あれは疲れんだよ、バーァカ。誰が使うか」

「だからお前はダメなんだ」

「だからあんたはダメなのよ」

 クロームとセシウに同時に罵られ、俺は顔を顰める。

 ……二人揃って愛がなさすぎんだろ……。

 なんか、俺イジメにあってねぇ?

 二人の間で困惑してるプラナだけが良心だな。でも、手ぇ出すとクロームが怒るんだろうなぁ。

 つぅか、プラナもクロームに操を立ててるみてぇだし。

 もうヤダ、この面子。抜けてぇ。

 俺の出番なんかねぇんだろ、どーせさ。いる必要なくね?

 紫煙を虚空へ吐き出した刹那  背後から轟音が鳴り響く。

 耳を劈く音と共に大地が震え、俺達は弾かれるように振り返った。木々の向こう遠く離れた場所から煙が上がり、空へと立ち込めている。

「……なんだ?」

「分からないが  嫌な予感がするな」

 クロームは髪を掻き揚げ、冷静に答える。

「同感だな」

「魔物?」

「ですかね?」

 セシウの予想が一番ありえそうだな。

 キュリーが言ってたのはあれのことか?

 森の奥底から聞こえる地響きは次第に近づいてくる。かなりの速度だ。足の裏に震動まで伝わって来やがる。

「逃げきるのは難しそうだな。応戦するぞ」

 言って、クロームは剣を引き抜き構える。プラナはクロームの後ろに移動し杖を持ち直して詠唱の準備に入り、セシウもすでに戦闘態勢を取っていた。俺もまだ長い煙草を投げ捨て、ヒップホルスターから銃を抜く。

 足音響かせ接近する何か  さて、鬼か蛇か……。

 緊張の糸が張り詰め、鼓動が高鳴る。

「……来る」

 言ったのは誰か。

 臨む木々が薙ぎ倒し、現れたのは巨大な  蟲。幾千幾万もの節足を蠢かし地を抉る、巨大な百足だった。

 無数の複眼に映る無数の俺達。その眼の中に映る白銀の剣士が、剣を振り抜き静かに動き出す。

 静と動の調和。一瞬一瞬が芸術でありながら、その全てが殺すために築かれる動作。

  行くぞ!」

 先陣をクロームが駆け、その後ろに俺とセシウが続く。

 女性の悲鳴にも似た、百足の奇妙な鳴号が森に響き渡った。

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